いけばなからガーデニングへ

20代になりすぐに、いけばなを習いました。当時、茶道といけばなを習う人は減っていているものの、必要な気がしえ気軽にはじめました。会社の先輩方がならっている所が会社の近くにあり、そこへ行きました。おっとりしたお上品なおばーさん先生がいました。その先生のいけるいけばなに感動し魅せられ、20年近く習いました。

けれど時代はフラワーアレンジメントの時代でした。最高に腕の良い先生なのに、いけばなを習う生徒はさほど増えず、カルチャーセンターのフラワーアレンジ教室は賑わっていました。

実際に私は実家に床の間や玄関に生け花を飾ることのできる和スペースがありましたが、結婚後は水盤を置くスペースもなく、いけばなを習って家では花瓶にいけていました。

いけばなは大好きだったのですが、お免状の取得も負担でした。先生にお免状を少しずつ取得するよう言われ、定期的に数万円を支払うのが負担でした。こんなに素晴らしい先生にもさほど若い生徒が増えないのに、自分が先生になっても生徒なんかつくのか?自分はお花の先生になるのか?疑問を持ちながら、定期的に支払い、お金で買えるお免状は取得していきました。それ以上は、研究会への出席率や東京で実地試験のようなものがあると思いますが、それには挑戦しませんでした。

いけばなを初めて20年近くたった頃、全く別の習い事を始めようと思ったのですが、私の初級レベルの教室が生け花を習っている曜日だけしかなく、どうしても挑戦したい習い事だったので、いけばなを辞めることにしました。

さらに、センスのよい花屋経営のフラワーアーティストによるフラワーレッスンがあることを知り、そちらも習ってみたかったので、生け花からフラワーアレンジの方へ移る形となりました。

フラワーアーティストのレッスンは、月に2回でブーケや花屋が用意してくれた器に花を生けるもので、お免状のお金もかからず、新鮮で楽しいものでした。そこでも数年習いましたが仕事を辞めるのをきっかけに、ひとまず辞めることとなりました。

それから数年後、花は花材として活けるものと思っていたのですが、急にバラを庭で育ててみたくなり、庭でバラを中心にガーデニングを始めました。

花をいけることは得意でしたが、仕事の忙しさにかまけて、庭の手入れなど無縁だった私。雑草がぼーぼーの庭も、暗くなってから帰宅するので気になりませんでした。

それがホームセンターへ行って敷石を購入し、防草シートを敷いて、庭を少しずつ整備しました。驚いたのは近所の方々です。振り返って、二度見して、私が庭で働くすがたに驚いていました。